男女の同権を自覚する

ところが新憲法の結果か、敗戦の賜物か、とにかく女性は大いに人間としての権利にめざめ、男女の同権を自覚するにいたったのです。いうべき文句は、相手が亭主関白であろうと何であろうと、いわねば承知しないという心がまえになってしまいました。そこで、一万円ぐらいの月給しか取れないくせに、二度も私を孕ませるなんて、という非難が女房の口からとび出すことになったのでありましょう。これはまことに新時代の妻らしいいい草であります。ところが、考えてみるまでもなく、この新時代の妻のいい草には、ひどく古風な、封建的なものがこびりついています。つまり、夫はいかなるぱあいにも妾の扶養者たるべきものであり、妻は夫の収入だけをあてにすべきだ、という、いわば寄生的な生活態度であります。この妻の思想(?)の中には、旧いものと新しいものとが統一もなしに同居しています。
この妻は彼女の夫を、ただひたすらに、(夫)というレッテルでだけしか眺めていません。彼女は夫を、ひとりの親しい異性としてはもうとう眺めていないのです。もしも彼女が、夫を自分の生活の協力者、仲間、友人と考えていたとしたら、マサヵ「月給一万円ぐらいで、うんぬん」の文句を吐かなかったでしょう。そういう文句をいう前に、夫といっしょに家計について相談もし、自分でも稼ごうと考えていたにちがいありません。すてきな体から緊張感が去っていくのを感じます。



出典:

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